北國銀行が挑む! 国境を越えたオープンイノベーション
地方銀行と海外スタートアップで課題解決を目指す
総務省推計(2021年9月発表)によると日本の総人口に占める65歳以上の人口割合は29.1%となり、過去最高を更新した。これらは、地方企業の活動にも「働き手の減少」や「経営者の高齢化」などの形で影響し、地元企業を支える地方銀行は厳しい状況に置かれている。石川県を地盤とする北國銀行では、この局面の打開に向けて積極的なIT利活用による業務改善などを行い、10年以上前からビジネスモデル再構築やDXに取り組んでいる。2019年には、先端技術獲得やイノベーション人材の育成のため米国スタンフォード大学への人材派遣も開始し、時代に即したさらなる価値創出に向けた動きを加速させている。先進テクノロジーの集積地であるシリコンバレー。そこで得られた未来創造のヒントや具体的な成果とはどのようなものだったのだろうか。このプログラムのサポートを行う日本ユニシスの海外リサーチ拠点である「NUL System Services Corporation(以下NSSC)」の久保貴広も交え、北國銀行・スタンフォード大学派遣第1期生である上村健太氏に話を聞いた。
地方銀行の課題解決の糸口を
米国スタンフォード大学で模索する
――約2年の米国駐在を終えて帰国したばかりと伺いました。米国赴任前はどのような業務を経験されたのでしょうか。
上村 2006年に新卒として入行して以来、銀行員の業務は一通り経験しました。10年ほど支店に勤務した後、現在では100人程となったコンサルティング部の初期メンバーの1人として経営戦略や人事戦略、補助金活用などの法人向けのコンサルティング業務に従事するとともに、コンサルティング部の仕組みや運営面に関する企画にも携わりました。また、行内外向けのセミナー講師を務めたり、地方公共団体と協働して、地方活性化のための企画を法人のお客さま向けに行ったりもしていました。そして、2019年にスタンフォード大学への派遣が社内公募されることを知って応募し、派遣前時点でシステム部の所属となりました。現在はFintech関連の情報収集や海外のスタートアップ企業とのオープンイノベーション推進に当たっています。
――北國銀行さまでは10年ほど前からDXに取り組み、ITを積極的に活用してきたそうですね。
上村 背景にあるのは地方経済の衰退です。人口減少の中で、経済の後退は日々深刻なものになっています。当行が地盤とする石川県では人材不足で事業や技術の継承ができないケースが頻発しています。奥能登地区では病院がない地域もあり人口流出が加速し、古くからの商店街は、いわゆる「シャッター通り」になっている地域もあります。また、空き家も増えています。このため、当行が対象とするマーケットも個人・法人を問わずに縮小傾向にあります。ここにリーマンショックが重なり、加えて『Fintech』という技術革新の社会的な浸透や異業種からの参入といった経営上の新たな脅威も登場してきました。銀行本来の業務とも重複する領域があり、危機感は高まっています。こうした状況を受け、当行は10年ほど前から、デジタルの力を利用して顧客に新しい価値を提供できるよう、DXに注力してきました。私が入行した15年前は紙の書類が多く扱われていた行内も、グループウェアを導入して一気にペーパーレスを進め、管理コストの削減と経営効率化を進めてきました。8年ほど前からは紙の書類に代わって主にデータで保管し、外出先でもお客さまにはパソコンの画面上で情報をお見せしています。今では、紙を印刷することもなくなったので当行の本店にはシュレッダーはありません。
――スタンフォード大学への派遣を始めたのはなぜでしょうか。
上村 きっかけは3年前の米国視察ツアーでした。当行では、Microsoft Azure上で勘定システムを稼働させることになり、NSSCにサポートしていただきながら経営幹部がシリコンバレーを訪問しました。世界的な大手アクセラレーターやスタートアップ企業との面談などを通じて、シリコンバレーのすごさを実感したそうです。その際に、スタンフォード大学アジア太平洋研究所の客員研究員の方々と交流したのをきっかけに、当行でも派遣制度を作って社内公募を行いました。学生時代にバックパッカーとして二十数カ国を訪れた経験もあり、海外で活動することに関心があった私は自ら応募して、派遣の機会を得られました。
――スタンフォード大学への人材派遣には、当初からNSSCが関わってきたのですね。支援に当たった久保さんはずっとNSSCに配属されているのでしょうか。
久保 2010年に日本ユニシスに入社、システムエンジニアとしてヘルスケア領域のソフトウェア開発やインフラ構築、プロジェクトマネージャーを経験しました。その後、営業職の兼務や、新サービスの企画開発にも取り組みました。米国に赴任したのは2019年のことです。NSSCからサンフランシスコに拠点を持つベンチャーキャピタルに出向し、米国のスタートアップを中心に投資先の開拓と投資判断のためのデューデリジェンスを担いました。その後、NSSCに戻って上村さんのご支援をさせていただきました。2021年4月からは、NSSCのボストンオフィスの立ち上げを担当しています。私たちの役割は、オープンイノベーション推進のためのR&D(Research and Development)です。より良い社会を実現するため「米国の今を知って日本の将来を見通す」ことと、「海外のスタートアップ企業を日本につなげる」という二つの使命があると思います。日本企業の駐在員向けには、2020年からは「rickDoor」に情報を集約し、会員同士の交流や情報収集、学びの場を提供する一環として情報配信サービスの展開も行っています。
――NSSCは北國銀行さまの米国での活動をどうサポートしたのでしょうか。
久保 まずは、北國銀行さまが認識されている課題を整理しながら、NSSCと大手アクセラレーターが共同でスタートアップを探索していきました。上村さんの課題の一つはセキュリティ対策でした。こうした点を鑑みつつ、同社と一緒に課題解決の糸口になりそうなサービスを探してrickDoorにも情報を載せ、オンラインの打ち合わせを通じて共に検討を重ねてきました。2020年9月に北國銀行さま、海外スタートアップ、NSSCの3社でミーティングを行い、その後、具体的なPoCの検討・実施・評価とステップを重ね、導入へと至りました。コロナ禍の影響もあって、実際に上村さんにお会いできたのは、今回のプロジェクト終盤の2021年2月のことでした。
「日米の商文化の違い」が
大きな壁に
――スタンフォード大学への派遣、そしてスタートアップ企業の情報収集において苦労された点はどのようなことでしたか。
上村 当行で最初の派遣員なので、とにかく事前情報がなく困りました。当時はUberの利用経験もなく、サンフランシスコ国際空港から大学のあるパロアルト市までは有名な旅行ガイドブックをつぶさに見ながら電車移動したほどです。家を借りるのも、運転免許証を取得するのも一苦労でした。業務上の情報収集にも、とても苦労しました。金融分野のイノベーションに特化したイベント「Finovate」などで情報収集を重ねて驚いたのですが、海外のFintech企業は日本市場への進出を考えていないケースも多いのです。彼らが想定する取引対象は、まず米国、次にヨーロッパ、その次はシンガポールの企業という感じで、英語圏が優先されがちです。当行が真剣に導入したい旨を伝えてスタートアップを口説く必要があると認識しました。そこでNSSCの力を借りて、日本に興味を持つ企業を探すことから始めました。ようやくスタートアップと面談を行い、その後の具体的なスクリーニング段階になると、今度は商文化の違いに驚きました。意思決定のスピードが違うんです。「持ち帰って検討したい」と伝えると、「それなら結構」と断られる。線引きがハッキリしています。
久保 スタートアップ企業との打ち合わせには、企業としてどうしたいのかという「意思」を持つ準備が必要です。具体的には「期間や費用」「導入可能性」など、北國銀行さまの意思を明示できるように、上村さんには事前準備をお願いしました。また、上村さんが相手にメールを送る前に内容を相談しながら進めていきました。
上村 面白そうだと思ったサービスはいくつかありましたが、費用が高過ぎることや日本進出を考えていないといった障壁もありました。また、交渉条件については、自分の権限では決められない部分も多くありました。このためミーティングには役員に入ってもらうことで対応しました。上席を巻き込んで事前にシミュレーションし、提示価格を準備してからミーティングに臨むようになりました。
スタートアップ企業の選定は
「論理」と「直感」双方での判断が大切
――海外のスタートアップ企業を探す際のコツはあるのでしょうか。
久保 コラボレーションを図りたいスタートアップ企業を探すときには、「左脳的な論理判断と右脳的な直感判断のバランスが大事」だと感じます。まず、そのサービスがなぜ米国で支持されているかをロジックとして理解することが必要です。文化や社会事情といったヒットの背景そのものが異なれば、日本で受け入れられるとは限らないからです。一方、「直感的に使ってみたい」「ワクワクするか」といった部分も非常に重要です。感覚的に魅力を感じないサービスは、導入に向けての関係者間の熱量が不足し、プロジェクトスタート後に頓挫する可能性を生み出すことにつながりかねないからです。
――今回、北國銀行さまが導入されたのはどのようなサービスですか。
久保 詳しくはお伝えできないのですが、フランスのスタートアップ企業が手がけるセキュリティサービスです。重要情報が社外に漏えいしているかを検知するサービスで、情報漏えいを検知するとアラートが届く仕組みになっています。多くの場合、情報漏えいに気づかず長期間放置してしまうことでハッキングやその他サイバー攻撃の原因となります。この漏えいを迅速に検知してすぐに対処できれば、攻撃リスクの大幅な低減が可能です。今回導入したスタートアップが持つテクノロジーは、検知対象が幅広く、かつ検知スピードが非常に早いと言われています。
上村 近年はフィッシング詐欺が横行し、その手口も高度化しています。金融機関もそのターゲットとなっており、地方銀行もクレジットカードサービスなどを展開しているため例外ではありません。当行が今後さらにDXを推進するためにはセキュリティ対策が一層重要な要素になるため、私たちのニーズや課題認識とマッチしたサービスだと感じました。今回導入したサービスはクオリティが高く、魅力的です。サイバー攻撃への対応が急務となっている今、とても大事なサービスです。当行としては海外のスタートアップと直接契約したのは初めての経験で、海外の技術導入を自前で検討するという第一歩を踏み出せました。また、地方でもDXの機運は高まっています。地方銀行としてそのニーズに応えつつ、地方の課題解決につながる世界最先端の情報や商材の提供に取り組み、地域経済の発展に貢献できたらと考えています。今後も後任と連絡をとりながら「シリコンバレーの風」を取り込み、地方とシリコンバレーをつなぐ役割を果たしていきたいです。
――地方銀行が海外のスタートアップと手を組むのは先進的な取り組みであるように感じます。こうした事例は増えているのでしょうか。また、日本企業が海外スタートアップとオープンイノベーションを行う際にカギとなるのはどのような点でしょうか。
久保 ここまで踏み込んで活動をしている地方銀行は少ないと思います。海外のスタートアップにとっては「Win-Winの関係が構築できる」と思ってもらえるかどうかが重要です。
上村さんにもお伝えしてきたのですが、交渉においては日本の伝統的な商文化は通用しません。スタートアップ企業は人材も資金も限られ1人で何役もこなす必要があり、会社を成長させるために最適と考える行動をとるからです。そのため、交渉に必要以上の時間がかかると判断されると、時間がかからない他の交渉相手を優先する結果になります。この点で、今回は短期間でPoCの段階まで持っていけたことも功を奏したと思います。日本の企業が海外スタートアップとの共創を成功させるためには、たとえ認知度の低い企業のサービスであっても正当に評価して受け入れる懐の広さを持つことも重要です。NSSC、そして私としてはこれからも右脳と左脳のバランスをとって、シンパシーを持ちながらスタートアップ企業と日本企業をつないでいきたいと考えています。
Profile
- 上村 健太(うえむら けんた)氏
- 2006年、北國銀行に入行。銀行内部事務全般、資産家向け営業、法人融資担当を経験後、本部法人向け企画部門に配属。システム部へ配属となり、2019年6月よりスタンフォード大学アジア太平洋研究所にて客員研究員として活動し2021年7月に再びシステム部に帰任。現在も引き続き最新のテクノロジーの導入支援を行っている。
- 久保 貴広(くぼ たかひろ)
- 2010年、システムエンジニアとして日本ユニシスに入社し、医療・ヘルスケア領域を主に担当。2019年、サンフランシスコに拠点を構えるScrum Venturesの米国投資チームに出向し、2年間従事。2021年4月からはNSSC新オフィスとなる東海岸のボストンで活動中。
NUL System Services Corporation(NSSC)について
NUL System Services Corporation(NSSC)は、シリコンバレーを中心に、新情報技術の収集と事業機会発掘を行う日本ユニシスグループの海外リサーチ拠点です。2006年にシリコンバレーオフィスを開設して以来、北米を中心とした各種パートナーと連携し、日本ユニシスグループに対して情報発信を行っています。